月金日記完本〜気分はもうドイツ、どころじゃないネヤガワのまいんち

アリガト we love you

つとめ先でひますぎて公認読書、までは
この運命の切れ味、まさにニートの鑑ってな気分だったが
どこぞの北陸の街*1を一切わらえん、
こん腐れ外道の町で潰されそう。でも負けない。



  • 今期の蹴球×ほんほん

CL決勝(ふじてれ録画)
マルタ戦(へた/くそTBSで生)
『俺が近所の公園でリフティングしていたら』(矢田容生)
オシムの言葉』(木村元彦



ニート仕事の同僚の、
「お菓子づくりとかおさいほうして過ごしてらっしゃいそう」*2な可憐な子が
書込みありのNHK講座のテキスト片手に
ドイチェくんだりにまで行くというのにCL本戦は見ないというのは
本来なら「てめチケットよこせ」もんなのかどうかと
思いなやんでいたここ2、3週間。
腕もみじけえくせして
南米各国旗風リストバンドなど大会にあわせてしいれちゃみたものの、
わが蹴球人生は小さな命題を迎えておったのじゃった。
日本の記者/ジャーナリストたちのようには
サッカーの存在それ自体の自律性を信じきれないのだとの
はすみんによる表明*3みたいな
こーむつかしーことではなく
単に上記二冊の本についての共通する雑感のことである。
前者の、「Deep Loveとかいうほんの文体と展開もかくや」と思わせる
本ぎらいさんフリーぶりなんかぁどうでもよい、
いびちゃんのフィーチャーされた後者にあたえられたショックが大きすぎた。
それがサッカーだってだけで喜んでるようじゃお互いのためにならん。
新聞記者やらきら星の映画関係者やらになれなかったルサンチマンみえみえ人間でもなく、
かつ海外の街のくそ描写で文章にげたはかすことなんざ恥だと思うような
サッカーわかってる人はおねげえだから隠れてないで出てきてください。
ヤマギワはどうだったこうだったとか言うのは単なる退廃である。


補遺
かんじんのCLについては、
衛星電波の不良とやらで
清水秀彦の声(と、謝罪もんく入りの会場なごみ静止画像)のみ感知させられてる
けっこうな時間のあいだに
あのプレミアのオランダ人の潜在的引退試合は実は行われていたのだ、ということにしといたろ。
そうじゃなくっちゃさみしすぎる。



  • 今期の音楽ガイド

「電波について私が知っているただひとつの事柄」
(Une seule chose que je sais de l'antenne)


いつものようにネットで調べものだかをしていると
「小山田*4のサイトを
たまにはのぞいてみたほうがいいかもよ」と
自分みずからささやき、しかしかつささやかれるようなささやきが頭で聞こえた。
調べてみると、サイト立ち上げ以降変わらないpoint色一色のサイトが変化していた。
というわけで、8/23、シングル発売。
(電波をはっきり感じた夜は6/1)



  • 今期のイミテーション銀幕

命題「邦画は近過去ものをどうしのぐか」
例『パッチギ!


68年の川辺に
ろうそくタワーがばっちりうつりこんでしまうところに
嶋田久作
空港から出てきてコンクリの金沢の鋪道へ出ていく
秋聲旅日記』のちら見を思い出して
そんときはやりすぎだと思ったものの
セットぎちぎち撮影所システムの再興自体考えられない/めざす必要もない現在
三丁目の夕日を回避するにはこうするしかないとも言えなくないのかと
変に納得する。
が、まるで出ずっぱりのろうそくは
ぱちぱち調べてみたところタワーは64年完成。
こういう、資料以前の資料をせこくあたるともなくあたって
「ほな出すぅ、関係者あたれ」とかやってそうなのは
井筒とその映画のちっちゃさにぴったりで笑える*5

*1:去年の日記参照だってばよ

*2:FW以外がゴールしても点はみとめられるのかと真剣な顔できいてくる自称川口ファンの担当営業さんいわく

*3:『スポーツ批評宣言あるいは運動の擁護』に拠る。もちろん、この「サッカー」も、「サッカーというだけで喜ぶな」の「サッカー」も、他のなんにだって置き換え可能なものですが

*4:セカンド以降、日本で数少ない「アルバムが見えなければシングルは切らない」良心と誠実さを持つミュージシャンとなったあの方

*5:注:しかしちっちゃかろうとよくも悪くもな日本映画の水準器として崔洋一と井筒がいまんとこ機能しているのは確かで、そういうのはたぶん必要。ヌーヴェルヴァーグ期のデュヴィヴィエしかり