半年に一度アップされるブログ日記

tot ziens van Nistel(グティは残れ

「あと何時間かあとにマドリーとバルサがワカチコするんでしょ?」なんてキックオフ前ちゃんねるに書いてあったけどほんとにそうだったら、あれはたんなるワカチコでちゃんとホームらしく攻めてくれるベンゼマなんて出さないでおいてくれるマルセロがやらかさないどいてくれるクラシコはまたきちんと別にあるんだったらどれだけいいかって涙も出ねいやこれは神罰ファンニステルローイHSVになんて出しやがった者どもへの神罰


……ええと、
春はロンドファンフランデーレンとパリ〜ルーベでき・ま・り。
人間は最高の機械たるかという20世紀初頭の問いに
スイスのヌメロウーノがきっちり応えてみせたと思います。

  • 今期のぴこぴこ

THE鑑識官 緊急出動!事件現場をタッチせよ(DS)



いわゆるひとつのオーハッピーデイズ(2日)ってやつ。
指紋採取ぽんぽんやらルミノールしゅわしゅわやら
DSの能力を生かしたネタがもう最高、
ってそんなことソフトメーカーにやられちゃいかんだろと、
まあ何年か前のおれなら思ったさ。
これをソフトメーカー*1
やられちゃいかんというべきか、
ソフトメーカーにこれを作られるのも見越してこそ
ハードメーカーは生き残るというべきか、だよ。
(だからセガはハードメーカーとしては散るのみなのだと
思えるくらいにはわたしも大人になりました)
ちなみに続篇はそない満足もしなかった。
はなからメンバー紹介&チュートリアル的な動きが多すぎたのと、
ジャンル違いのアクションを入れてきやがったのがな。
「いちげんさんおことわり」たれですよ。これがセガ愛の正体ですよ。


  • 今期のほんほん

「なぜ"料理ができない"のは単なる"家事ができない"こととして片づかないのか」
(全然関係ないので本の名前は出さず)

「(離婚するとなったその時:わし註)困ったのはただ一つ。私は料理ができない。昔から私は料理が不得手であまり作ったことがない」

「調味料の使い方を知らない」

「しかし、別れるとなったら私が料理をしなければならない。しようがない。やろうと思えばできるだろう(中略)ただし、一カ月は訓練期間が欲しい。その間に料理をマスターして子供に食わしてやろう。案外できるのかもしれない」


このあと、
「世の中の料理人はほとんどが男ではないか」とつづいたのだが
わたしはフェミという言葉が想起させるようなフェミニストではないので
そんなくだりはどうでもよい。

料理が他の家事から離れたつのは
それが芸術やらであるからではなく、
留保なく五感と直結する唯一のルーティーンであるからで、
だからこそそれができない人間には
単なる工夫のなさだの手際の悪さだのをこえた
「感覚の鈍さ」という意味が付与されかねず、
やったことがないと平気でいいやがる人間には
ただの役たたずに対するのとは違った軽蔑をも抱きうるのだというのが、
まったくなんの関係もない本よんではじめて気づいたこと。
まあ、家事に「マスター」なんてものがあるだの考える時点で、
家事ができる人間であるわけはないのだけどな。
掃ききれない砂。シーシュポス。等々。



  • 今期のイミテーション銀幕

晩春(BS2)



いままで見た邦画で一、二をあらそうまともさの大学教授の描写に
まっさか小津映画ででくわすとは*2
後妻をもらうなんて不潔だと重ねて発せられる段階で、
結婚がイコール寝ることであるということは
こちらの深読み思い過ごしフロイト-バルザックかぶれでもなんでもなくなるわけで、
だからこそ京都旅行、
というより、床をならべる旅館のシーンががっつりきいてくる。
いやはや参った。
正直別段そんなこともないのじゃないかと思っていたのだけど
原節子によってたしかに小津安二郎の家−族映画は完成された。
しかも、それがしれっとやられるのになお参った。
松竹ヌーヴェルヴァーグってのは
オオシマでも吉田喜重でもバカでもなくお前さんのことだよ、
おれにとっては。

*1:しかもシンプルシリーズに卸やってるような

*2:対抗:『良いおっぱい悪いおっぱい